スタッフブログ
NO.519 常時接続時代で自分を見失ってないか
2023-05-16
おはようございます('◇')ゞ
片時も離さずスマホにかじりついている人がいます。まさに常時接続時代です。私は幼いころからそうですが、~しながらというのが全くできません笑 ごはんを頂きながらテレビを見るとか、ゲームをしながら勉強するとか全くできませんでした。一つのことにしか集中できません。ながらスマホの人をみると器用だなあと思います。しかし、そんな人に問います。情報過多で自分を失っていませんか?と。口コミが全てであり、自分の意見を持たず、世間の多くを誤解していないかと。いろいろ不平不満や正論をもっともらしく言いますが、「じゃ、どうすればいいのか?」と問うとその答えは持ち合わせていない、そんな安っぽい評論家や悪評をだけを垂れ流すマイナスのインフルエンサーになっていないかと。
常時接続時代の情報過多禍にあっては、インプットは常に行われているわけですから、アウトプットが大事になります。そのアウトプットを行うにあたり、何が重要で何が不要なのかを自らで取捨選択、断捨離することが求められます。そこに”自分”の判断が必要になるのです。「自分の人生だ」と主張しますが、その判断は専ら口コミとかの他人の思考を基準にする矛盾ぶりでは説得力に欠けます。それもひとつの生き方であるとは思いますが、そういった方を見ていますと、常に何かを愚痴り、誰かを罵り、とても幸せそうな生き方をしていません。現状で満足しろとは言いませんが、今の置かれている状況でまずは幸せに生きることが出来なければ、次の大きな幸せはやってこないと考えます。幸せを感じるのは自分であり、他人ではありません。他人がどう言おうが自分が「幸せだ」と感じることが重要です。他人の口コミなどから満足を得るためには、それらを凌駕した状態、すなわちそれら全てにマウントをとった状態でなければなかなか満足を得られないのではないでしょうか。一生得られないのかもしれません。
私のキャンプ道具に「なかなか点かないカセットコンロ」があります。これは他人からすれば最低評価でしょうが、私は可愛くて使い続けています。「さて、今日は何回で点くのかな」と話しかけながら、一発で点いたときの幸せ感は並々ならぬものがあります笑 ”現状の中”で、”自分の基準”で「幸せ」を積み重ねる。それがあなたが次に得るべき「より大きな幸せ」に近づく近道であると考えています。じょうむ

NO.518 外国人キャンパーが不思議に思うこと
2023-05-15
おはようございます('◇')ゞ
№516で外国人キャンパーが私のキャンプスタイルがとても気に入っていたと書きました。様々な人から「いろいろ格好いい道具を揃えているのでしょうね」と言われましたが、これ全くの逆です。私はこの5年間キャンプの道具は買っていません。また消耗品関係はまずは100均を探して、そこで間に合うのであればそれを買います。ま、見る人がみれば道具はビンテージかもしれません。が、基本は道具は使えなくなるまで徹底して使い倒すのが私の基本です。今回のキャンプブームにおける「おしゃれキャンパー」とは対極にいる者です笑 外国人キャンパーもそういった道具に対する愛着ぶりに感じ入ったと言っていました。
そして、もう一つ。私は鳥海山が大好きで、鳥海山が正面に見えるキャンプ場がお気に入りです。そこに行きますと、ずーっと鳥海山を見ながら過ごしています。でも、周りを見渡すと、この素晴らしいロケーションに来ているのにスマホに夢中になっている人たちが多いのが驚きです。お酒飲みながらスマホ、焚火しながらスマホ、おそらくテントに入ってもスマホでしょう。スマホであればわざわざキャンプにくる必要ないのでは?と思いながら見ています。そこは外国人キャンパーも一番の不思議だと言っていました。
これでもかと道具を使い倒し(もちろん手入れはキッチリやります=それも楽しみの一つ)、ロケーションを堪能し尽くす、ここに彼は感じ入ってくれたのです。これからもこのスタイルは変わらないと思います。じょうむ

NO.517 人とは性善説?性悪説?
2023-05-13
おはようございます('◇')ゞ
性善説か性悪説かとはよく聞きます。また学識の間にも性善説派と性悪説派と派閥があるとも聞きます。しかしどうでしょう、これはどちらかが正しいという議論でしょうか?私は1つに繋がっていると思います。つまり、ある一定のところを境に人は性善にもなり性悪にもなるという考え方です。人は全て両面の要素を有しているということです。朱に交われば赤くなるという類のことわざもそれを物語っていると思います。これは先のブログで述べたような「当たり前」の水準によります。例えば”バレなければいいんだ”という心理が当たり前にある人にあっては性悪説を用いた管理手法が必要です。ここに各自のやり方に任せるみたいな手法を用いると組織として機能しなくなります。対して”ゴミの分別は当たり前””アルコールチェックで引っ掛かるなんて信じられない”みたいな素晴らしい心理をお持ちの方に性悪説を用いた管理手法を展開すると「信用されていない」といった不信感を抱かせることになります。理想は各人別にそれぞれの管理手法を用いることでしょうが、組織として運用する以上共通した取組が必要とされると思うのです。組織全体の運営として性善説に立つのか、性悪説に立つのか。そして全体に該当させる管理手法にそぐわない一部の人に対しては個別のコミュニケーションが必要だと思います。まさに経営者の手腕が問われると言っていいでしょう。じょうむ

NO.516 コミュニケーションは何で決まるのか?
2023-05-11
おはようございます('◇')ゞ
私は英語が話せません( ノД`)シクシク… でも、先日キャンプをしていたら、隣に外国人(白人)のソロキャンパー(男性:スリムで高身長)がテントを張り出したのです。いやいや、他にもっと良い場所たくさん空いてるでしょ!なぜわざわざ私の隣に??と生きた心地がしませんでした。私はキャンプ歴が長いので、特に目新しいこともなく淡々とテントを張り、ギア(道具やラックなど)を配置して、夕食前のビールをプシュッと開けて一息ついていました。その間も終始となり(外国人)からのジロジロとした視線を感じていました笑 すると案の定近づいてきたではありませんか。「無理無理」と内心で祈り続けましたが時すでに遅し。「It's so cool!」と言うとベラベラと興奮して話始めたではありませんか。しかも外国人特有の身振り手振り、表情豊かに。話していることはサッパリわかりませんが、何か感極まって興奮しているのはわかります。私が英語を理解できないと察した彼は肩から下げていたバックから翻訳機を取り出して、日本語に訳された画面を見せてくれました。どうも私のキャンプスタイルが理想らしく、いろいろ話をしたいと書いてあります。私もその翻訳機に向かって日本語でいろいろしゃべると瞬時に訳され画面に英語が出てきます。それで十分通用しているようです。少しの時間その翻訳機を介して会話をしていましたが、私も何か煩わしくなり、単語を羅列して意味だけ通じるように話始めていました。学生時代に習った文法など全く無視です。でも、十分通じるんです。単語が不明なところは身振り手振りで補完します。十分通じるんです。相手も一生懸命理解しようとしてくれています。結局寝るまで彼と夕食やお酒を共にしながら過ごしました。当初強烈に感じていたストレスは全く無くなり、非常にリラックスした穏やか気持ちで過ごせました。
コミュニケーションって何で決まるのか?という問いに答えを求めるのは難しいかもしれませんが、今回の経験から「話す(しゃべる)」ことではないと感じました。その人が持っている雰囲気や態度など、もう話す前から始まっているのではないかと感じるわけです。「何か話しやすそう」とか「あの人なら話を聞いてくれるのではないか」というのは感じますよね。第一印象が大事だとはよく言われますが、話す前の段階ですよね。周りの人は、その人の普段の表情やしぐさ、振る舞い、声の張りやトーンや言葉使いから既に評価を始めています。実際に話す前から既にコミュニケーションは始まっていると言いますか、完成してしまっているのに近いのかもしれませんね。話すときだけ礼儀正しくしたり、きちんとしたりしては逆効果になるかもしれません。普段からの立ち居振る舞いを今以上に気を付けようと思います。
いろいろ良い場所が空いているにも関わらず、わざわざ私の隣にきた外国人キャンパー。実際に話す前から私の一連のキャンプ行動が彼とコミュニケーションを成立させていたのかもしれません。言葉の壁って日本人が高いと思い込んでいるだけで、実際は相当低いと言いますか、ほとんど無いに等しいのではないかと感じたわけです。いつか外国でキャンプをしてみたいです。じょうむ

NO.515 エンゲージメント2(お便りから)
2023-05-09
おはようございます('◇')ゞ
昨日のブログにお便りがきましたのでご本人様の了解を得た上で掲載いたします。
内容は「エンゲージメントの移行とは一体どういう風にやるのか?」という内容です。えーっとですね、当社もまだエンゲージメントへの移行期には程遠いため、具体的にはわかりません( ´艸`)。ですが、ぱっと思いつく範囲で言いますと、勤務体系があります。例えば現在の多くの会社は、勤務時間は〇〇時間~〇〇時間までで、休憩は〇〇分、休日は○○、と謳っていますね。求人広告を見ても必ず掲載されています。この段階では会社が一方的に決定しているわけです(外発的)。これを取っ払うという考え方はどうですか?
会社のビジョン「当社が扱う優れた商品の年商100億円を達成し、地域において最も貢献する企業になる」これを達成するため、労働時間の上限は法定の範囲内に限定するけれども、その範囲であれば各人それぞれ自由な時間で勤務して良いと。
各人がビジョンを共有しながらも、各自の都合に合わせて勤務時間を自ら決定する(内発的)。なんかどこかの先進的な企業がやっていそうですね笑 この超簡易版みたいなのが「有給休暇」ではないか?と思うわけです。現在では年間5日間は必須となっており、国がエンゲージメントの観点から民間企業に介入してきています。
各人が各人の判断でキッチリ動けるなら素晴らしい会社だと思います。ですが当社はまだまだまだまだ無理です笑 「当たり前」というレベルが極めて高くなければなりません。企業文化における「当たり前」というレベルは、企業内における”行動習慣”によります。この「当たり前(=行動習慣)」のレベルを高めるために、前段として”人と報酬(お金)”による管理が必要だと考えているところです。じょうむ

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